
こんにちは。今日は私が担当します。
私は今住んでいるマンションに引っ越してから、今年で8年目になります。以前住んでいたマンションは、息子が1歳ぐらいの時に購入し、そこに35年ほど暮らしました。ふとしたきっかけで新しいマンションに引っ越すことになりましたが、ここに越して来てすぐに気に入ったのはベランダです。少し高台のところにありまして、ベランダからの景色をさえぎるものが何もなく、ベランダの先の垣根に目を向けるとまず空が見えます。青空だったり曇り空だったり雨だったりと、様々な天気ごとに移り変わる色々な形の雲を見て楽しんでします。朝には日の出を見て、夜にはお星様やお月様を眺めます。日光や月光を浴びながら深呼吸をしていると、まるでどこかの温泉場にいるかのような気持ちなります。
(自宅から見えた青空)
これをまさに終の棲家と言うのでしょうか。こんな快適な場所で呑気に暮らして、我ながら幸せ者だと思いますが、娘には負担をかけてしまっているのではないかと心配になることがあります。私たち夫婦に兄、娘に異常なまでに愛情を寄せている孫2人、そして完全にストカー化しているウサギ2羽。半端ないしがらみでしょう。
子供たちが小さい時は家族で自動車の運転免許を持っていたのがずっと私一人だったということもあり、ずっとバリバリ運転してきたつもりですが、マンションのゴミ捨て場までの道のりにある5段ほどの階段から落ちて骨折して以来、足腰の状態を悪化させてしまったので、今では娘がほぼ運転をしてくれています。買い物から病院の送り迎えまで娘が一人で頑張っていますので、こんなにしばりつけていいのかしらと思い悩むこともあります。私の娘とは思えないぐらいに優秀な娘なのに、今の人生でよかったのかなと思います。
私は今年で74歳になりますが、72歳で他界した母のことをよく思い出します。もっと長生きしてほしかったですし、もっと楽しい思いをさせたあげたかった。母は愚痴をこぼすこともなく、人のために尽くすすごい人でした。私の父は私たちが子供の頃は定職に就かずにお金の苦労が絶えなかったと思いますが、心穏やかな母は文句も言わずに仕事と家事をこなし、怒ったところはほとんど見たことがありません。また、誰に対しても親切な人で、たくさんの人を自宅に招きしょっちゅうご飯をごちそうしていましたが、たくさんの料理を一人で用意し、見返りを求めることは決してありませんでした。
4人の孫たちの世話もよくしてくれました。なので、私の子供たちにとっておばあちゃんは特別な存在なようで、今でもおばあちゃんの話をしています。母が他界したのは72歳という今なら早すぎする年齢でしたので、その時に私はまだ42歳。子供たちもまだ小学生ぐらいでしたので、もっともっと生きていてほしかったです。娘として何もしてあげることができませんでしたし、自分はこんなにのんびり暮らしているんですもの。母にももっとのんびりとした暮らしをさせてあげられたんじゃないかと思うと、亡くなった当時よりも今の方がつらくなります。
こう考えると、私はとても家族に恵まれた人生だったなと思います。父は金銭的に母に苦労をかけたこともありましたが、人を楽しませることが得意でしたので、自分の子供も他人の子供も関係なく遊んでくれ、人生を楽しく生きることを教えてくれました。一方で、母は真面目にコツコツ働き、人によくすることを教えてくれました。私の夫とはしょっちゅう衝突もしますが、言いたいことを言い合える関係ですし、息子や娘もよく育ってくれました。孫もとてもかわいいです。
好きなものを食べ、好きな人に囲まれながら暮らしている私は、これ以上ないくらいの幸せ者です。
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